脱細胞化組織応用再生医療班
膝前十字靭帯再建に用いる脱細胞化組織の研究開発
膝前十字靭帯とは、大腿骨と脛骨をつなぐ靭帯（Fig.1）で、サッカーやスキーの転倒時等に断裂してしまうことがあります。一度断裂した靭帯は自己治癒しないため、アスリートや若年層の患者には、自家腱を採取して膝関節内に再建する膝前十字靭帯再建術(Fig.2)が施されます。現状の再建術は、健康な足から腱を採取するため、術後の筋力低下や、十分な太さの再建組織が用意できない等の課題があります。そこで、当研究室では新たな再建組織として、十分に太く、強靭で、再建後に体内で自己の細胞が浸潤して自己組織が形成されることが期待される脱細胞化組織の開発をしております。
脱細胞化組織とは、動物由来組織から、界面活性剤等を用いて動物由来の細胞成分を除去し、細胞外マトリックスの三次元構造のみを残した組織です。当研究室では、動物由来生体組織に対し、界面活性剤をマイクロ波照射下で拍動循環させて細胞成分を取り除く独自の脱細胞化処理の研究をしております。この方法により、腱の様な太い生体組織においても、DNAを除去することに成功しています(Fig.3)。
本研究では、開発中の脱細胞化組織の再建組織としての安全性と有用性を評価しています(Fig.4)。また、ヒツジやサル等の動物モデルを用いて膝前十字靭帯再建術を施し、術後の力学的特性・組織学的特性を取得することで、生体適合性の評価や免疫反応の評価をしています。
動物実験では、東京女子医科大学整形外科との共同研究にて、再建後に自己の細胞が浸潤して靭帯組織が再生され、自己組織に置き換わることが明らかになり、本研究にて開発された脱細胞化組織は、岩﨑教授が創業したCoreTissueBioEngineering株式会社により、社会実装に向けて治験を開始しています。
本邦もしくは米国において、膝前十字靭帯再建術のみならず、靭帯再建術に用いる脱細胞化生物組織由来の医療機器の承認前例は無く、世界初かつ自己組織に置き換わるという画期性を有する膝前十字靭帯再建に用いる治療機器として、今後一人でも多くの患者様の元にこの製品が届き、未来を創り上げる手助けとなることを願っております。
Fig.1 膝前十字靭帯 Fig.2 膝前十字靭帯再建治療
Fig.3 脱細胞化処理前後のウシ由来腱のヘマトキシリン・エオジン染色像
Fig.4 各処理におけるウシ腱の様子
肩腱板広範囲断裂の再建への応用を目指した脱細胞化組織の研究開発
肩関節運動を正常に機能させるために必要な肩腱板が断裂すると、痛みで腕を上げる等の動作が困難となり、労働ができなくなるなど著しくQOLが低下します。日本整形外科学会症例レジストリー年次報告2020では、関節鏡下肩腱板断裂手術（簡単なもの）が約1万4千件行われたと報告されています。米国では毎年約60万人が治療を受けており、3cm以上の大断裂、5cm以上の広範囲断裂は全体の20％を占めますが、90％は縫合しても再断裂するため、新しい再建組織が求められています。肩腱板広範囲断裂時の再建組織は、8 mm以上の厚みを有し、断裂サイズに合わせた大きさを確保する必要があります。そこで、当研究室では、独自の脱細胞化技術と滅菌技術を用いることで、患者の体内で自己組織化する新しい再建組織を開発研究しております。
本研究では、開発中の脱細胞化組織の再建材料としての安全性と有用性を評価しています。また、ウサギやヒツジ等の動物モデルを用いて肩腱板再建術を実施し、術後の力学的特性・組織学的特性を取得することで、生体適合性の評価を実施しています。
Fig.1 肩腱板広範囲断裂の再建時に使用される様子
膝前十字靭帯再建術に用いる脱細胞化組織の経時的力学的特性の評価法の研究
生体由来組織を用いた医療機器の開発では、再建後の使用環境での長期的な負荷に耐える必要があります。脱細胞化組織においては、処理方法や滅菌方法が組織の細胞外マトリックスに影響を及ぼすため、生体内での繰り返し負荷に対する力学的特性の評価が重要となります。本研究では、膝前十字靭帯再建に応用を目指した脱細胞化組織を対象とし、術後の組織負荷環境を模擬した試験系の開発を目的としています。膝関節内環境を模擬した閉鎖回路(Fig.1)を開発し，周期的なひずみ負荷を与えることで膝前十字靭帯再建術後の組織負荷環境を模擬しています。開発した試験装置を用い、繰り返しひずみ負荷試験により滅菌処理方法が組織の材料特性に及ぼす影響を明らかにしていきます。
Fig.1 膝関節内環境を模擬した閉鎖回路